甲子園の時期になる度、ピッチャーの投球制限や球数制限についての議論が出てくる。
アメリカではかなり昔からビッチャーの身体を守る為に球数制限を導入している。
さらにはメジャーリーグ機構と米国野球連盟がガイドラインとして各年代毎に球数制限を設けているそうだ。
一方日本ではどうだろうか?
夏の甲子園で投手が何試合も連投して、何百球も投げる事が美学となっている。
なぜ日本とアメリカとではこんなにも違うのだろうか?
それは日本の球界では「肩は投げ込みで作り込むもの」という風潮が強く、アメリカでは「肩は消耗品」という考えが強いからだ。
参考:「投球制限」米国は日本とは比較にならない厳格な規定あり
理学療法士として投手の身体の事を考えるとアメリカの考えを早急に導入すべきである。
人は傷つけば自己治癒する能力を持っているが、歳を重ねればその機能も落ちてくる。
特に若い頃の怪我は治癒はするものの、一回怪我をしてしまえば、それまでの正常な組織と違う組織になってしまう。
また日本では、充実した医療保険制度があるが故に怪我をしたら手術をすれば良くなると考えがちである。
これは大きな語弊である。
何度も言うが、怪我をして治癒はするものの以前のような正常な組織とは違うものになってしまう。
つまり、長期的にみれば選手生命は短くなり、パフォーマンスも低下してしまう。
これは競技を続けたい投手にとっては非常にデメリットである。
身体を壊さない事、つまり健康なまま投球を行える事が非常に大事なのである。
今回はそんな球数制限は必要なのか?について医学的にそのメリットについて解説していく。
日本で球数制限が軽視されている理由とは?
冒頭で解説した通り、アメリカでは年代毎に投球の回数の制限を設けている。
近年日本以外の台湾や韓国などのアジア諸国でも投球制限を設けている国が現れてきている。
これらの国は日本の野球に影響を受けている国々だ。
それにもかかわらず、投球制限が既に当たり前となっており、野球が進んでいる国で投球制限をしていないのは日本だけとなっている。
参考:これでまるわかり! 高校野球で「球数制限」が進まない理由!
日本人の多くは
- 「今」が良ければ良い。
- 週刊少年ジャンプのヒーローの様に傷ついても闘う姿がカッコいい
という間違った認識をもった方が多くその風潮が出来上がっている。
それが球数を無視して投げ続ける要因となっているのかもしれない。
もし中高校生で野球人生が終わるのならばそれで良いのかもしれない。
しかし、長期的に見るのならば、ましてやプロを目指しているのならば『投球制限は設けた方が確実に良い。』という結論となる。
アメリカなどの諸外国はプロで活躍する人材を作るといった目的意識が強く、日本とはそもそものゴールが違うのかもしれない。
球数制限が必要な理由とは?
では、なぜ投手の球数制限が必要なのだろうか?
その理由は2点ある。
- 人間の身体は自然治癒力を持っているが、無機物と同じ『消耗品』であるから。
- 投球という動作は非常に身体に負担がかかる動作であるから。
これらについて以下に解説していく。
人間の身体は自然治癒力を持っているが、無機物と同じ『消耗品』である
基本的に人の身体は「イス」や「机」などと同じで物質である。
ただこれらの無機物とは違い、自然治癒力があるので「物質」という概念を持っている方が少ない。
物質である為、使えば使うほど劣化してくるのは当たり前である。
これは人間も同じである。
長期的に見れば、投球という日常的な動きから逸脱した動作を行っていけば必ず身体のどこかに負担がかかり、劣化を促してしまう。
これはアメリカの「肩は消耗品」という考え方と同じである。
人生で投げられる回数は決まっていると考えていいのだ。
ただ人の自然治癒力により投球による身体の『劣化』が見えづらくなっているだけである。
投球という動作は非常に身体に負担がかかる動作である
実は投球という動作は身体に負担がかかる動作である。
特に負担がかかってしまうのは肩と肘である。
なぜこれらの関節に負担がかかってしまうのだろうか?
物理の法則として、「作用・反作用の法則」がある。
これは物に力を加えれば、加えた方にも同じ力が加わるという法則である。
簡単に言えば、100の力を加えれば、100の力が自分に跳ね返ってくる法則だ。
つまり、140km/hの球を投げられるとしたら、野球ボールに加えた力がそのまま投手にも跳ね返ってくるのだ。
その為、野手よりも投手の負担は非常に大きいのだ。
その事により、肩や肘にトラブルが出てしまう。
またその他にも、
- 肩関節は非常に不安定な関節であり投球に耐えられず壊れやすい。
- 連投の疲れで、体幹が固まることによって、手投げになり「肩」や「肘」に負担がかかりやすくなる。
などの理由で投手は怪我のリスクと常に隣り合わせにある。
球数制限によって投手の選手生命を長くなる
前述したようにアメリカなどは、プロで活躍してもらう為の人材育成を行なっている。
その為、球数制限を設けたり、少年野球では1チーム9人ではなく、15人で行ない全員が出場できる様な機会を作っているそうだ。
ベンチ要員など関係ないようだ。
1人の出番は少なくなるかもしれないが、全員試合を経験することができ、かつ身体への負担も少なくなる。
日本ではどうだろうか?
小学生の時から9人で野球をやる。
上手い子は試合に出れて、下手な子はベンチで応援をする。
上手い子は試合慣れをし、上手くなる。
下手な子は試合経験が少なく上達も遅くなる。
さらには、上手い子はどんどん酷使されて仕舞いには壊れてしまう。
という環境になっている。
また「球数制限を設けると投手が足りなくなるので試合にならなくなる。」という声が上がっているようだが、これもおかしな話だ。
野手も投手が出来るような環境には出来ないのだろうか?
中高校生の段階で投手を練習させるから、「投手不足」という事態が起きるのではないだろうか?
小学生などの時代からベンチ関係なく、どのポジションも経験させれば、投手不足の問題はなくなるのではないだろうか?
もちろん個人差は大きく向き不向きはあるだろうとは思うが。
「球数制限を設けると投手が足りなくなるので試合にならなくなる。」という考えは「今」しか考えていない者の考えに過ぎないのかもしれない。
日本の野球はゴールが『プロで活躍する人材育成』ではなく『甲子園での優勝』という感じがしてならない。
ダルビッシュ投手もツイッターにてこのような事をつぶやいている。
自分が一番大事だと思うのは子供達の健康であり、健康を維持した上で一人でも輝く選手が増えることだと思っています。 暑い中長時間練習させたり、試合や練習で何百球も投げさせるのは教育ではありません。
— ダルビッシュ有(Yu Darvish) (@faridyu) August 11, 2019
『健康を維持した上で一人でも輝く選手が増えること』
これは素晴らしい考えだと思う。
「怪我をしてまで投げるのがカッコイイ。」
「投げることによって、肩が出来てくる。」
などなんの根拠もない事である。
歴史は大事だが、根拠のない古い慣習にとらわれすぎるのも良くはない。
健康を維持させる為にも中高生はもちろん、プロ野球選手の『球数』は制限はした方が確実に良い。
そうする事でより素晴らしい選手が長い期間活躍する事ができ、日本のメリットになることは間違いないからだ。
※もし投球のしすぎで野球肘になってしまったら、こちらの記事をご参考にしてくださいませ。肘の部位別の改善方法について解説しておりますのでよろしくお願いいたします。
投手の球数制限についてのまとめ
今回は中高生の球数制限を行う事によるメリットについて解説した。
- 投球という動作は「作用・反作用の法則」からみても身体に負担がかかる動作である。
- 人間の身体は、無機物と同じく使えば使うほど劣化してしまう『消耗品』である。
- 身体という『消耗品』を大切に使う為にも、幼少期から「球数制限」は行なっていくべきである。
日本ではこの球数制限について賛否両論があるが、合理的に考えれば『球数制限』はするべきである。
頑張る事、辛い事をやるのが『美徳』なのは間違っている。
それは100年以上前の教育だ。
日本の若き才能達のことを考えるのならば、『球数制限』を設けるべきだ。
古い慣習にとらわれるのは、教育する側である大人達のエゴである。
早急に世界に羽ばたける人材を育成できる環境を整えるべきではないだろうか?